そしてつんく主導のオーディションが繰り返されるなかで、ひとつのしくみがかたちを取っていく。それは卒業・脱退と加入のシステムである。

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 1970年代の女性アイドルグループの場合、メンバーの入れ替わりはほとんどなかったし、抜けたメンバーの補充を公開オーディションでおこなうことも一般的ではなかった。キャンディーズの例を見ても、オリジナルメンバーの重みは特別なものがあった。

 しかし、モー娘。においては、メンバーの卒業・脱退と加入が頻繁に繰り返されることになる。しかもメンバーの人数は当初の5人に固定されたわけではなく、卒業や脱退があったら同じ人数を補充するという決まりでもなかった。つんくが必要と考えれば、当初予定の合格者数が変更されることもよくあった。

 その方式は、いまで言う「箱推し」の応援スタイルの土台になったと言っていいだろう。メンバーが入れ替わってもグループという「箱」はずっと存続し続ける。それはファンにとって新鮮な驚きだった。仮に応援していたメンバーが卒業・脱退したとしても、グループのファンはやめない、という選択肢が加わったのである。

 似たような仕組みはおニャン子クラブにもあった。ただ違っていたのは、テレビ局主導かプロデューサー主導か、である。おニャン子クラブの場合は、圧倒的にテレビ局の力が大きかった。モー娘。も『うたばん』(TBSテレビ系)を思い出せばわかるようにテレビなしで人気を維持することは難しかっただろうが、プロデューサーであるつんくとテレビ局との力関係は少なくとも拮抗していた。

 つんくは、『ASAYAN』でもよくあったように、メンバーを歌手として徹底的に鍛えようとした。レコーディングの場面で声での表現方法やリズムのとりかたなどを熱心にメンバーに教えるつんくの姿を覚えているひとも多いだろう。そうしてパフォーマンスの水準を高めていったモー娘。は、もう一方でライブに活動の基盤を置くことに成功した。そのことはグループとファンの距離をさらに縮め、「箱推し」志向を促したと言える。

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