■清純派とギャル、そしてアイドルの「人間宣言」

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 だがそれでもアイドル自身にとってみれば、恋愛はなかなか扱いづらい代物だ。恋心を歌う一方で実際に恋愛することは許されない。とりわけ昭和の女性アイドルにとって恋愛はご法度、「アイドル=清純派」という感覚はことさら強かった。

 その状況は、平成に入ってもしばらく続いた。1990年代中盤、圧倒的な人気を誇った広末涼子は、この連載の初回でもふれたように昭和からの流れを汲む清純派と見なされた。だが彼女は同時に、その呪縛に苦しみ、そこから脱しようとしたアイドルだった。

 ちょうどその頃、安室奈美恵がブレークし、ギャルの存在がクローズアップされたことも清純派神話を揺るがせた。ギャルは隠すわけでもなく、ごく自然に恋愛を謳歌した。安室奈美恵が10代でいわゆる“できちゃった婚”をしたとき、世間は驚いたがもう一方で割と冷静に受け止めもした。産休を経て復帰した「紅白」のステージでの会場からの温かい拍手、そしてそれに感極まって涙ぐむ安室の姿がその証しだ。

 逆に言えば、清純派の価値はすでに下がっていたのである。だから清純派を貫き通すことに意義も見出しづらくなっていた。ただ、マスメディアの言説においては「清純派」の価値はまだあった。そこにアイドルにも恋愛を許容し始めていた世間とのギャップが生まれる。広末は、不運にもそのあいだで板挟みになったのである。

 一方、マスメディアではなくライブが活動の中心になったAKB48においては、恋愛の位置づけは自ずと大きく変化した。AKB48が活動のなかで体現したドキュメンタリー性は、モー娘。が恋愛以上のものとして歌った人生とも響き合うものがあった。

 確かにAKB48でも「恋愛禁止」ではあった。しかしそれは、ドキュメンタリー的なリアリティが彼女たちの魅力になるなかでは少なくとも絶対的なものではなくなった。

 その変化を象徴する存在は、いうまでもなく指原莉乃である。2012年に元々彼女のファンだったという男性との交際の過去が報じられた際、彼女はラジオ番組に出演して認めるところは認めたうえで釈明し、その場でHKT48への移籍が決まった。

 いうまでもなくそれは「恋愛禁止」を踏まえての“罰則”だったが、その“失敗”は、彼女自身が自らの言葉でごまかさずに語り、謝罪することによって魅力的なドキュメンタリー性を帯びた。少し大げさに言えば、マスメディアの「清純派」神話に打ち勝ったのである。アイドル・指原莉乃の物語はそれ以後も続き、より注目度も増した。そして翌2013年の「AKB48選抜総選挙」では初の1位を獲得。「清純派」の代表とも言える渡辺麻友と首位を競い合いながら、結局2015年から2017年にかけて3連覇を達成するなどAKB48グループを代表する存在にまで上り詰めることになる。

 それとは一括りにできない部分もあるが、2017年の同じく選抜総選挙で当時NMB48の須藤凛々花が20位に入った際に突然結婚宣言を行ったことも、そうした指原の前例があるからこそ起こったことと言えるだろう。

 そのとき彼女は、「私は自分のことをアイドルと思ったことがなくて、本当に1人の人間として皆さんのことがすごく大好きで、皆さんのおかげで、こうやって人として人への愛を教えてもらいました」と語った。

 これはいわば、アイドルの「人間宣言」である。須藤凛々花がこの時採った行動が正しいかどうかはわからない。ただそこにはやはり、モー娘。が歌った人生に通じるものが感じられる。恋愛、そして結婚によってアイドルとしての生き方に大きな決断を迫られることがある。しかしそれもまた人生の一部である。人生は「恋愛禁止」と「恋愛至上主義」のどちらにも従わない。両方を超えて続いていくものだ。

※画像はモーニング娘。のシングル『I WISH』より

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