■最初に手応えを感じたものが“言葉”だった

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藤田 もともとは分かりやすい言葉と分かりやすいメロディで、人を応援するような曲とかラブソングであれば超ピュアなものを歌ってたんです。でも、活動を通していろんな環境に立たされるなか、だんだんと意図しないことが増えてきて、曲の内容と自分の感覚との間にズレが生まれてきた。わりと感情に忠実に生きているほうなので、自分が偽善者に思えてきて、今はもうああいう歌は歌えないですね。

北大路 学生時代はポエムを書いてたって言ってたけど、それは中学生ぐらいから?

藤田 そうですね。中学のときなんていじめられて転校しちゃったぐらいなので。話し相手が誰もいないときは酷いことも何もかもノートに書いてました。そうやって気持ちを書き留めることはずっとやってきたので、やっぱり自分の思いを形にしたかったんです。で、そのうちにどんどん尖っていった結果が今ですね。

北大路 僕ね、小学生の頃に初めて俳句を詠んで、自分はこれが絶対に向いてる! って確信したんだけど、恵名さんはそういう手応えを感じるような瞬間って何かあった?

藤田 小学生のとき、交通安全の5・7・5が看板に採用されたんですよ(笑)。

北大路 なんだ、こっちが先じゃねえかよ(笑)。

藤田 「○○小学校5年藤田恵名」って、交差点の大きな看板に数年間張り出されてたの。みんなが目にするものだし、それでチヤホヤされた成功体験みたいなのものが今の活動の原点かもしれないです。読書感想文を書くにしても授業で作らされる俳句にしてもなんか、すぐできたんですよ。そういう意味では手応えを感じてましたね。

北大路 なるほどね。基本的には生粋のポエマーなんだな。やっぱり言葉の人なんだ。

藤田 日本語って素敵だなと思います。