日本にK‐POPを根づかせたKARAのク・ハラの功績をいまこそ語ろうの画像
※画像はHARA『Midnight Queen』(通常盤) (特典なし)より

K‐POPでいってみよう! 第7回

 山田孝之主演で映像化された村西とおるの評伝『全裸監督』の著者であり、多くのノンフィクションを手がける本橋信宏は、無類のK‐POPファンでもあった。K‐POPの魅力について縦横無尽に語ってもらう連載がスタート。

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「KARAのハラでーす!」

 2012年KARA初の日本ツアー、KARA 1st JAPAN TOUR 2012 KARASIAで、ク・ハラが叫んでいた挨拶である。

「いま、幸せです」

 ハラちゃんはファンに向かってそう話した。

 それから7年後、みずから命を絶つとはいったい誰が想像しただろう。

 KARAはK‐POPの先陣として来日、少女時代とともに日本でも大人気となり、K‐POPグループ最大の夢である東京ドームライブを初めて単独でおこなった。

 ファーストコンサートのオープニングでも、カネのかかった動画が流れる。日本でも本格的にKARAを売りだそうという意気込みが伝わってきた。

 グループ誕生は2007年。

 当初は、ギュリ、スンヨン、ニコル、ソンヒだったが、メインボーカルのソンヒが学業に専念するためという理由で脱退、オーディションを開き新たに加入したのがハラだった。別枠でジヨンも加入、これで全盛期5人組がそろった。

 脱退・新加入はK‐POPの日常光景である。

 それまでもうひとつ弾けなかったKARAだったが、ハラとジヨンの加入でポップなグループになってブレイクした。

 日本デビューは2010年。

 日本デビュー曲『ミスター』の渋谷ゲリラライブが渋谷109でおこなわれ、3000人のファン、通行人が集まり、パニックになりライブは3分で中止。

 当時ワイドショーで密着レポートをしていて、中断になったシーンを写していた。このとき、ステージに最後まで残っていたのが、ハラだった。『ミスター』を歌い踊りたかった様子が見ていてわかった。

『ミュージックステーション』に初めて出演、自己紹介を日本語でしたとき、ハラがつっかえて、言い終えると悔しそうに足でポン!と床を踏んだのが印象的だった。

 K‐POPは徹底したレッスンで磨き上げてからデビューするために、日本のアイドルのように成長するのを一緒に見守る、という価値観がない。自分のボケぶりを”天然”と言ってもらう文化もない。

 ハラは生真面目なのだろう。

 KARAの5人は愛らしさがあり、なかでもハラの小動物のような顔立ちは日本人ウケした。

 KARAはバラエティにも積極的に進出し、『笑っていいとも!』に出演したり、『さんまのまんま』にも登場。さんまが「T-ARA」とわざと言い間違えたとき、5人が半分本気で怒ったところも、可愛かった。

 日本のテレビに出て、笑いのツボを身につけたのだろう。

 完璧さを求めるK‐POPのガールズグループは、クールビューティーを理想としがちだったが、KARAのように親しみやすいキャラが日本で受け入れられたこともあって、日本に来るK‐POP次世代ガールズグループも親しみやすさ、笑いをポイントにするようになった。

 所属事務所とタレントが揉めるのも、K‐POPのよくある話だ。

 日本デビューした直後、所属事務所DSPメディアとニコル、スンヨン、ジヨンの3人が契約解除を求めて事務所とトラブルになった。あまりにもギャラが安すぎる、というのが揉めた原因だった。

 両者このまま決裂かと思われたが急転、和解になる。

 だが火種はくすぶり、契約期間満了と同時に、ニコル、ジヨンが相次ぎ脱退。新たにヨンジが加入、4人体制になった。

   *   *

 ハラに異変が起きたのは2018年だった。

 交際していたカリスマ美容師との間にDV問題が発生、ハラを写した動画をネットに流すと脅されたとして裁判沙汰になった。女性にとって、なかでもアイドルの頂点に立ったク・ハラにとってダメージだった。精神的に参った上に、SNSが追い打ちをかける。韓国社会は日本以上にネットの攻撃が激しい。

 心労がたたって今年5月26日、意識不明の状態でソウル市内の自宅で発見された。

 事務所スタッフに発見されて一命を取り留める。

 韓国では男女の交際に関しては日本よりはるかにオープンで、アイドルたちも平気で交際宣言する。ついこの間は、TWICEのリーダー、ジヒョがWanna One出身のメンバー、カン・ダニエルとの交際を宣言、両者の事務所も認めている。

 その一方で、セックス関係に関しては儒教国家の影響もあって、とたんにシビアになる。

 以前、韓国の若者が私に言っていたが、飯島愛や林由美香の自伝が大いに売れる、ということは韓国では考えられないという。スターのセックススキャンダルも韓国では致命傷になる。

 リベンジポルノの被害者にされかけたハラは、韓国の芸能事務所を見限り、再スタートの場を探した。

 新天地は日本だった。

 KARAはもともと韓国よりも日本での人気が高いグループで、なかでもハラの人気は別格だった。ハラ自身も初めて大成功を収めた日本という国に好意を持っていた。

 東日本大震災のとき、ハラが義援金として1億ウオン(日本円で800万円)も寄付して話題になった。薄給時代のハラがコツコツ貯めた貯金を崩して寄付した行為に、嫌韓派からもハラは好感を持たれていた。

 再出発になった所属事務所は、石坂浩二や仲間由紀恵、元AKB48の小嶋陽菜や市川美織まで幅広くマネジメントしている大手芸能事務所プロダクション尾木だった。

 病院から退院したその足で来日して日本で暮らし始めたとき、ハラちゃん、よく日本を選んでくれた、と誇らしく思えたものだ。

 自殺未遂から立ち直りかけた10月14日。悲劇が襲う。

 SNSの攻撃が主原因で元f(x)のソルリが自殺したのだ。f(x)を脱退したころから精神のバランスが崩れかけ、SNSの攻撃でさらに精神的にダメージを受けた。

 亡くなる直前、自撮り画像をインスタグラムにアップしていたが、無表情で典型的な鬱状態の顔つきだった。

 大親友の死はハラを悲劇の海に押し流した。インスタグラムで、ソルリの死を悲しみ、泣きじゃくりながら「自分はソルリの分まで生きる」と言っていたが、いまにも消え入りそうなその姿は、後追いするんじゃないかとファンの間で心配されるほどだった。

 11月、ソロ初の曲『midnight queen』発売とツアーが始まる。

 積極的にPR活動に出て、歌い踊った。明るさを取りもどしたかに見えた。

 11月4日にはKBCラジオ『R‐ジャック』で、「一番好きなもの……牛丼」と答えてスタジオを沸かせている。

「KARAのときは忙しくて、すぐ食べられる牛丼ばかりになっていて、いつの間にか牛丼が好きになってました」

 そして「2番目に好きが……わたし」

 ソルリの自死はボディブロウのようにきいていた。

 自殺未遂は再発率が高い。

 鬱病は治りかけが一番危ない。

 どん底のときはアクションを起こす気力すらないので、死にたくても死ねない。新曲ライブ活動が成功して躁状態になっているとき、なぜかソウルに一時帰宅していた。この家はたしか自殺未遂したときの家ではなかったか。めまぐるしく動いていた時間がぷつんと途切れ、ひとりになったとき、鬱の嵐が襲いかかる。

 11月24日、亡くなる当日、最期のインスタグラムになった自撮り写真は、「おやすみ」という書き込みとともに自分の顔のアップだった。大親友ソルリの最期の顔と同じく、表情が冷たい。

 鬱病患者に厳禁なのは、「がんばって」という言葉だ。まわりからの期待に添うことに自信が持てず、逃げ道を探ってしまう。

 ふとした休息に封印していた鬱が頭をもたげて……。

 日本にK‐POPを流行させた最大の功労者たちKARAの5人がそろうことがこれで永遠になくなった。

「2番目に好きが……わたし」

 部屋に残された走り書きの遺書には、「自分を愛せなくてごめんね」とだけ綴られていた。

 こんなにこたえた自殺報道はなかった。

 合掌。

https://www.youtube.com/watch?v=DEb7RHtE408

KARA - 1st JAPAN TOUR 2012 ~ KARASIA ~ BDRip [1080p] 

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